赤い鯨と白い蛇

Introduction 序説

海辺の町の、古い茅葺きの家に集った五世代の女性たち。

老境を迎えた雨見保江は、かたときも携帯電話を手放さない孫娘・明美に連れられて息子夫婦の家に向かう途中、まるで引き寄せられるかのように、かつて戦時中に疎開していた館山の古い茅葺きの家を訪れた。そこには、この家の持ち主である女性・光子が、小学生の娘と二人、姿を消した夫を待ちながら暮らしていた。まもなくして、その家を以前に借りていた女性・美土里もあらわれる。彼女は詐欺まがいのセールスで、客から逃げまわる生活を強いられていた。そしてその家は、1カ月後に取り壊されるのだという…。

テレビの名ディレクターとして数々の名作ドラマを世に送り出してきたせんぼんよしこ監督が、齢70を超えて映画に初挑戦し、世代も生きかたもまるで異なる女性たちの出会いと別れを、深い慈しみを込めて描く珠玉の名編、それが『赤い鯨と白い蛇』である。タイトルの“赤い鯨”、それは戦争中、夕陽に消えていく潜水艦の姿。かつて館山には海軍航空隊基地があり、終戦間際には特殊潜航艇の基地ともなって、多くの若者たちが出撃し二度と戻ってこなかった。“白い蛇”は家の守り神を表す伝説の存在。長きにわたる人間の愛と哀しみの営みを、家はずっと見つめ続けてきた。
海辺の町の、古い茅葺きの家に集った五世代の女性たちは、そこで互いの人生を交差させながら、自分の胸の中の本当の想いを、いま一度見つめ直していく。そのかけがえのない出会いにより、彼女たちは再び未来に目を向けるようになる。「私が忘れたら、あの人は二度死ぬことになる」と十五歳の遠い日の約束に想いを馳せる保江。今や日本の人口の4分の3が戦争を知らない世代であり、その記憶も徐々に薄れつつある。保江の想いは世代から世代へと受け継がれ、新しい時代を切り拓いていくことだろう。


せんぼんよしこ初監督作品を見事に奏でる女優たち、そしてスタッフが集結。

今年78歳になる、せんぼん監督の「今こそ伝えたい」という熱い想いに応えて、オリジナル脚本を執筆したのは『うなぎ』(97)などの名脚本家・冨川元文。そして『ハチ公物語』(87)、『その男、凶暴につき』(89)、『地雷を踏んだらサヨウナラ』(99)などの奥山和由が、本作の企画に大いに賛同して製作総指揮を買って出た。
スタッフは、撮影に柳田裕男、照明に市川徳充、録音に尾崎聡、編集に高橋幸一、美術に古谷美樹といった若手精鋭が集結し、それぞれの力量を遺憾なく発揮。音楽・山口岩男による素朴で温かなウクレレの調べは、やさしく心に響く。

そして本作を何より特長づけるのは女優たちである。劇中に5人の女性しか登場しないという独特の世界で、それぞれの世代を代表し、存在感あふれる演技を披露する。まず、若き日に成瀬巳喜男、溝口健二、小津安二郎、黒澤明など名だたる巨匠たちの作品に出演、現在も『阿弥陀堂だより』(02)などで日本映画界を代表する名女優として輝き続ける香川京子が、老境に達した女性の心情を見事に体現。『半落ち』(03)、『下妻物語』(04)など個性派女優として映画界になくてはならない樹木希林は、今回も唯一無二の魅力で画面をさらう。さらに、『釣りバカ日誌』シリーズでもおなじみの浅田美代子が、ここでは一転して行方のわからぬ夫への微妙な心情を繊細に表現、古い家屋になじんだ自然な生活感も鮮やかに、女優として新境地を開拓している。一方、NHK朝の連続テレビ小説『まんてん』(02〜03)などの若手女優・宮地真緒は、ベテラン勢に囲まれながら、やがては未来の希望を託されてゆく孫娘を熱演。そして本作がデビューとなる子役の坂野真理。健気で初々しい素直な演技が印象的だ。
「あなたを忘れない」。ここにまたひとつ、忘れられない名作が誕生した――。


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