赤い鯨と白い蛇

Production note 制作秘話

「若者層重視の今のテレビでは、せんぼんさんのやりたい作品はできない。ならば映画をやりましょう!」。2004年、脚本家・冨川元文さんの誘いから今回の企画は始まった。ふたりは、以前、冨川さんがせんぼん監督の演出するドラマの脚本を担当して以来、懇意にしている仲だ。「低予算で小回りの利く映画ということで、まず5人の女性が3日間同じ場所で過ごす話を考え、そこに監督のおやりになりたいことを入れ込んでいきました」。テレビ界では大ベテランのせんぼん監督だが、映画は初挑戦。いわば70代半ばのルーキーである。「せんぼんさんはお若いですよ。老化ってまず集中力に表れるもので、才能のある監督もご高齢になると集中力が持続しなくなるものですが、せんぼんさんは粘り強く何度も直しを要求されてきました」。
タイトルも冨川さんの発案だ。特攻潜水艦が鯨に見えたという記述を目にしたのがきっかけで、そこに館山が夕陽の名所だということも重なり、“赤い鯨”という着想に至った。また、タイトルに赤と白を使いたかったというこだわりもある。「白い蛇は家、つまりこの作品のテーマですね。私の祖父の家にも白い蛇の話はありましたよ」。親から子、子から孫へ何世代にも渡って語られる背景には、それぞれの人生がある。家はそれらを包み込む記憶の集積のようなものだ。「赤い鯨はせんぼんさんが持ってきた要素です。鯨=潜水艦=館山。せんぼんさんは10代半ばに館山に疎開されていて、戦争というメッセージを自分が生きてきた証として残したい世代でもあるんです」。

企画立ち上げから約1年、奥山和由プロデューサーとの出会いが、作品の運命を変えた。「知人を介して拝読したのですが、確かに地味なストーリーではありました。でもこれはいける! と直感したんです」。奥山プロデューサーの声により若い精鋭スタッフが集まり、せんぼん組が誕生した。


2005年9月13日、いよいよクランクイン。約1カ月にわたる撮影期間中には、館山の自然が起こしたスタッフ泣かせのエピソードもあった。名優、樹木希林扮する美土里がひとり桟橋で携帯をチェックするシーン。その現場はロケハンで行ったときには干潮で、桟橋の周り一面が砂浜。そこにカメラを入れようと打ち合わせしていたが、いざ撮影当日現場に行くと、何と桟橋に海水がつくほど水かさが増していた!? 助監督曰く「いや、確かに今引き潮なんですけど、大潮で…」。結局、これで撮影を敢行することになったが「干潮だったらどこか寂しいシーンになったと思うのですが、結果的にはちょっと怖い、印象的なシーンになりましたね」と、柳田撮影監督。

今回、5人の名女優たちの試練となったのは、実は防空壕の撮影だったかもしれない。そこにはムカデのような大きな虫が至るところにいたのだ! もちろんみなさん虫は苦手。特に駄目なのが光子役の浅田美代子で、カットの声がかかるたびに悲鳴を上げてその場から逃げだしていく。しかし、カメラが回っている最中は役に没頭し、全くそんなそぶりもみせず演技を続行していくのは、さすがであった。


白い蛇は、最初CGで処理する案も出されたが、やはり本物にこだわろうということで、製作部は全国をリサーチ。岩国の保護センターに白い蛇がいるとのことで、芝居のシーンをすべて撮り終えてから、クルーは岩国へ。問題は、せんぼん監督が実は大の蛇嫌いだということ。はじめは「私は離れて見てるから、柳田さん撮って来てね」とおっかなびっくり状態だったが、実際に白蛇(名前はキララちゃん!)とご対面した監督の第一声は「かわいい!」。かくして撮影は無事(?)終了し、およそ1カ月にわたる撮影もクランクアップとなった。

「音楽は、何かひとつの楽器で、温かくて手触りがあるようなものを」というせんぼん監督の希望に応え、プロデューサーが山口岩男のCDを聞かせたところ、そのウクレレの音色に感銘を受け、今回の方針が決定。また、最初はもっと多めに音楽が画面に入っていたが、映画音楽はただ流しっぱなしでは効果が薄れてしまう。そこでダビングの際にどんどん曲をストイックに削ぎ落とし、最終的にはとても素朴で慎み深い、心に染み入る画と音の融合がなされることになった。


今回は古谷美樹美術監督をはじめ、偶然にも女性スタッフが多数集まった現場でもあった。せんぼん監督は語る。「私が若い頃には信じられないことですね。当時はスクリプターや衣裳さん以外、女性は映画界に入れない時代。私は演出をやりたかったので草創期のテレビ界に入ったのですが、私たちの世代の男性は女性と一緒に仕事するのが我慢ならないし、指示されるのも嫌だという人が多くて、はじめは随分いじめられましたし、やりあうことも多かったです。もう根性丸出し!(笑)だから私は女の子っぽい恰好をしたことなかったですよ。馬鹿にされるし、こっちも意地があるから、絶対スカートなんか穿かないぞ!ってね。今は女性の映画監督も出やすくなっていますし、いい時代になってきたなあと思います。今回の女性スタッフには頼もしい方が揃っていました。特に美術班は助手の方も含めて全員女性でしたが、皆さん黙々と働かれるんです。大戸口のガラス戸を木の戸に差し替えたり、浅田さんが開け閉めしやすいように雨戸の敷居にヤスリをかけたり、家の門も作ってくれました。その門は家の持ち主の方が大変気に入られて、撮影が終ってもそのままにしてくださいとおっしゃられたほどです」。

監督をはじめとし、スタッフ、キャスト全員が一体となって、ひとつひとつにこだわり、また愛情を込めて完成した作品だからこそ、スクリーンからこんなにも温かさが伝わってくるのである。


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